2014年10月13日

終活の季節を迎える高齢の時季

高齢になると人生に四季が感じられる時季となり、私は今秋の終活期を迎えています。


終活期は、冬季も含むとも思いますが、冬季ともなれば、老化による体の諸症が現れ、

終活ができないことも考えられますので、終活の重点を秋季としています。


一般的には年をとると、やることも無く暇と思われがちですが、それは、それ以前の

自分の春季の成長期、夏季の熟成期、の人生を如何に過したに関わることのように思います。


終着点を求めた順風満帆の人生も、航海中の風の強さや嵐の急変で難行難破することもあり、

その航海は様々なものでしょう。


私は難破の組で、目的地に辿り着けずに、この余勢を近郊の目的地を詮索しており、これが

私の終活です。


自分のやり残しの課題を整理し、その到達時期を考え、何処までの達成の可能性があるかを

模索しながら、日々の終活をしています。


終活には、生活習慣の基本となるります、食事や洗濯、清掃、整理など家事雑事を時間割で

進めて、健康維持のための、食材の買い物、運動、入浴、睡眠など自分的事項をこなし、

その他に、長期的外部的な終活として、家族の信心相続、長期介護からの脱出、死後の家族の

生活の維持、財源の管理と確保、自分の社会的ミッションなどと、その他にもブログの出稿や

趣味の活動などの癒し時間、家族間と外部のコミュニケーションや、慶弔や旅行などのお付き

合い事項や行事が加わり、時には内外の係争も加わりまして、一日毎の終活は、大変に複雑で、

忙しいものであり、又、その様になってゆく可能性があります。


こう言うことから、老後の元気な内の短期な生存年月を予想して、如何しても日時は前倒しの

終活となってしまいます。


これらの活動を、社会の制度に、例えば年齢制限や収入制限がありが加わり、そのテーマに

よっては、益々目標実現が難しくなりますので、これも高齢からの要注意事項です。


多くの老齢者は、前記のような要素から、精神的、経済的、制度的、時間的な自分の自由を

縛られる可能性が十分ありますので、自分の人生の終着点を見詰めながら、日常の終活を準備し、

整えることが肝要となります。




posted by 猪僧老 at 13:08| 東京 ☁| 終活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする