2011年04月08日

東日本大震災に人の命の尊さを思う

3月12日14時16分に東北地区太平洋三陸沖で発生の地震と14mと言われる大津波で、その死者を含めた犠牲者と被災者は、2万人を超えとされていますが、未だ不明者の方々を加えますと、更に増加することは明らかです。

この日本史上未曾有の震災となった東日本大震災は、膨大な人の命を飲み込む大惨事となり、一ヶ月を経過しようとする現在も、まだ復興の緒に付けないままです。

加えて被害を拡大したものに福島原発炉の6原発炉の損傷があります。

広島、長崎の原子爆弾の大被害に遭った日本が、この一世紀の間に、今回の事故で、二度も、放射線の大被害を受けることとなり、その影響は測り知れません。

被災地では今、人の命を繋ぐ事とその命を助けることで、国内をはじめ全世界の温かい支援が続く、その中心に、加害者の使命感や責任感などで、自分の命を掛けて、危険な環境で原子炉の修復に当たっている多くの方々とその家族の心を思うと、胸が詰まり、只ただ頭が下がります。

風評被害が全世界を駆け巡り、被害者でないものが買いだめに走る時、これらの身を削って世に尽くす人々の命を考えますと、いかに尊い命かと感じます。


人の命の尊さは、その重さよりも勝ることがあると考えるのです。


人の命の重さはどの人も同じですが、人の命の尊さには違いが出ます。

高齢者社会となった日本は、命を張って被害を食い止める人々や、人を生かす生産者の方々に対して、どれだけこの風評被害を消滅させるかが、老い先短い日本の高齢者の責任であり、社会的義務と考えられないでしょうか。

少なくとも高齢者は、過敏な風費用に惑わされず、日本国民としての使命感で、この復興に貢献すべきです。
posted by 猪僧老 at 14:13| Comment(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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