2011年04月22日

東日本大震災を一月過ぎて今私たちが考えること

東日本大震災から一月を過ぎて、未だに解決のめどが見えない最も気になる原子炉の放射線問題がありますが、社会の非難を受けながら、そこに日々身体を張って取り組む関係者の方々に本当に頭が下がります。

人の命の尊さは皆同じの中で、自分の命を賭ける人の思いは、他の大勢の人を救おうとする大慈悲の表れで、その人々こそが、最もその尊さを感じていると思われます。

昨今まで、無縁社会とかゲーム感覚の無差別殺人などが氾濫していたこの社会で、自分の命第一と考える人が多くなっている中で、私は、その人々の慈悲心は、本当に価値あるものと思います。

どうぞ被爆をされないようにと願うばかりです。


現場に無関係な私たちができることは、この人々の思いを共有して、風評市街や不安、恐れる気持ちを整理して、いたずらに騒ぐこと無く、これらの放射線被害に対して、適切な対応を心がけ、前向きに協力することを、国民一人一人が共有すべきであると考えます。


元日本原子力委員長「原子炉の電力供給が断たれても、自然冷却可能な設...
福島原子炉の被害復旧
posted by 猪僧老 at 13:46| Comment(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。