2011年05月01日

原子炉被爆の影響を場ごとに共有し事に当たる

東日本大震災から一月を過ぎて、未だに解決のめどが見えない最も気になる原子炉の放射線問題がありますが、社会の非難を受けながら、そこに日々身体を張って取り組む関係者の方々に、本当に頭が下がります。

人の命の尊さは皆同じの中で、自分の命を賭ける人の思いは、他の大勢の人を救おうとする大慈悲の表れで、その人々こそが、最もその尊さを感じていると思われます。

昨今まで、無縁社会とかゲーム感覚の無差別殺人などが氾濫していたこの社会で、自分の命第一と考える人が多くなっている中で、私は、その人々の慈悲心は、本当に価値あるものと思います。

どうぞ被爆をされないようにと願うばかりです。

同様に、現場には無関係の私たちができることは、この人々の私達に対する思いを共有して、風評市街や不安にいたずらに騒ぐこと無く、国民一人一人がその場の量と質の放射線被害影響度を冷静に判断し整理して、その被害に共有した対応をすべきであると考えるのです。

posted by 猪僧老 at 17:23| Comment(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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