2011年05月30日

高齢者は生活の役に立つのか

高齢者とは年寄りの事を云うのであるが、一面言葉の響きに弱者のイメージがある。
『歳を取ると』・・・とは、高齢者を意味する言葉は、年齢は高齢で又は身体が弱り始めた老人で、人のお世話になるイメージである。
最近健常な高齢者が社会に多くなってくると、家の外での高齢者の生活の過ごし方は、散歩やジョギング、そしてスポーツ等のアウトドアに親しむ人々を、その他女性では、友達を誘って、喫茶店などのお話や、観賞や見学、旅行などを多く見かけます。

この様に見ますと、一見健常の高齢者は、その人生を楽しむことを主眼にしているように思えますが、さて、振返ってみますと、高齢者の日常生活や地域社会での貢献はあるのか。

と考えてみますと、昔のように、長老が尊敬され発言権や指導権を有したそして生かせた「経験と人格重視」の社会慣習は去り、健常な高齢者と言えども、特にお金の持たない高齢者の家庭や社会の必要性は狭くなり、社会の窓際生活を生きているようにも見えてきます。これは、高齢者の屈みでしょうか。
この様な社会生活環境で、高齢者の社会貢献は、つぶしのきく中での隙間ゴミ拾い労働貢献しかないのではと考えて、高齢広角忍耐能力で、窓際隙間ゴミ拾いの貢献行動の毎日です。
ラベル:高齢者 役割 孤立
posted by 猪僧老 at 13:40| Comment(0) | 人生ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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