2011年07月01日

福島原発被害と日本原発有無選択の智慧

福島原発の被害い復旧が3ヶ月を過ぎて、漸く縛の危機から脱しられるかと想定しているが、これからの見通しも未だ不透明の中、懸命の修復が続いている。

この間、他の電力会社の安全性の確認や確保が施行され多くの原発の停止が行われているが、東電の株主総会での、原発政策の少数株主側の停止動議は、大株主側に無視された形で否決された。

広島の原爆被害と今回の東日本大震災と同一視は出来ないが、原爆で、無条件降伏をし、敗戦国となった事と、非核国家を理念とする憲法を持つ日本で、今回の大被害の規模と、原発の安全価値は、国家の存続価値を否定すものと考えるようになった。

近年ゴミのリサイクルが全国的に実施されているが、消費の付が有料のゴミ回収袋から各種の処理施設までの国家的設備規模となってきており、この完全リサイクルまでは、未だほど遠い現状で、関係の住民と生活環境などの狭間で、各種の反対運動なども多く見られる。

原発を考えると、その利点を国防まで考えると、可也大きいものがあるが、消費のメリットとその後の、ゴミ処理問題のデメリットを考えると、デメリットの方が拡大していることは明らかで、原発も、排気燃料や放射線被爆など、今回の教訓から初めて、デメリット課題の解決の緒に就いたばかりと言える。

これらの被害課題の大きさは、全世界の生活や地球規模の自然環境全体に対する課題で、とても、短期間で放射線の封じ込めや、それらの安定性や安全性及び完全なリサイクル処理が出来る知識も知恵もなく、経済政治が優先されて、単にメリットのみを増幅させ、目先の対処療法の選択をえする現状にある。

この流れ(原発ボケ)の中で今、亡国の原発は、速やかな中止と廃棄する勇断(英知)が、人間の正しい智慧と言えるのではないか。
posted by 猪僧老 at 19:41| Comment(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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