2011年07月06日

原発ボケの日本政治

ニュースを見るたびに原発のことと住民の苦難の模様が未だ続いていて、心が痛みます。
日本の原発続行か撤退かの政府判断はいまだ明確でないのは何故なのだろうか。

経済と目先の利便性の物的利益を追求してきた、戦後の教育と文化の精神構造は、
今の、満ち溢れる過剰生産と豊食、そして使い捨ての文化を社会に植え付けて、
未だ、この経済的嗜好(指向)を制御することが出来ずにい。

日本の精神文化の『もったいない』と『足るを知る』の本来の人間文化は、今は、外国が
一歩先に行っているようだ。

原発廃止の問題も、世界の数カ国は、日本の惨状からこれを学び、政治決定をしている。

被災地の住民は今、ガイガーカウンターを手に、自分の安全の地を探し、又、セシュームなど
放射物質の除染を始めている。

しかし、放射線の被ばく物質の捨て場に、頭を悩まし始めています。

これらのことは、頭ではすでに分かっている事であるのに、自分の身に降りかかってから
課題や問題として、個人的対終えが優先している事に、政策の幼稚さを考えさせられる。

戦争被害が起こって、初めて平和を叫ぶ、『平和ボケ』のとよく似た話である。

日本の指揮者(識者)と言われる人たちが、日本の政治や産業を指導推進している現在、
この人達の、高い知識と常識とかのレベルは何を指すのであろうか?

将来の日本、そして子孫と地球に、ツケを残さないためにも、今から計画的に、原発は
廃絶をすべきである。

そして、本来の日本の精神文化の『もったいない』と『足るを知る』生活に戻すべきである。

posted by 猪僧老 at 11:05| Comment(0) | 原発と被爆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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