2011年07月11日

日本と仏教

お盆が近ずき、お墓の手入れなどで忙しくなった来ますが、
東日本被災者の方々で、お墓が流され又は、破壊された人々が可也おられると聞きます。
私も、先祖のお墓の清掃に行ってきましたが、まだ、墓地には、全く人が出ていませんでした。

さて、何時も、日本の宗教に、遣る瀬無い思いがあります。
それは、信仰を持たない人たちが、お墓参りをすることです。

日本は、宗教的には仏教徒が多いと言われますが、江戸時代のキリシタン弾圧のため、
徳川禁制政策が取った、「宗旨人別改」の実施から、東西南北の幕府守護のお寺に、
全ての人を登録して、キリシタンを管理したことに始まります。

この政策は、キリシタンで無いことを明確にするため、徳川幕府が守護をする
当時のお寺に、今の市役所と同じく、住民登録をさせたことによるもです。

人々は、宗派や信仰に関係なく、登録した宗派寺院の檀家となり、この習いが引き継がれて
その家の宗旨、菩提寺となって、今日までその家の檀家思想が保持されているわけです。

この故に、寺院に属するので檀家の形となり、強制的割付制度の住民登録で、家や個人の
宗旨、信仰に関係なく、従いましてその根拠もなして、お盆が来ると、伝統的習いとして、
所属のお寺に布施をして、御先祖様を回向する形の、宗教的継承文化が、今も続いていると言えます。

簡単にその流れをお話ししましたが、従いまして、仏教の宗旨を知らない人、
回向の意味さえ知ら無い人が殆どであり、当然に信仰もなく、お盆のお参りをすることになるわけです。

今の日本の宗教の形態は、人を超える存在とその力に、怖れと敬意を寄せる心の形が、
宗教心として、一般化されてるだけで、仏教の信仰とは全く異なるものと言えます。

結論的には、現在の出家僧の葬儀と法要の儀式経済仏教と、多宗教派混合の無宗教の大多数の人々が、
お祭りの、神社仏閣などのイベント行事、儀式文化行事などに、心情的参加となっていてる
のが、現状なのです。
従いまして、今の日本には、真の仏教徒は、極少数であり、非常に残念と言わざるを得ません。

あなたは、仏教の宗派数が数千とも言われていますが、何故こんない多いとお考えですか。?
仏教経典は、多様な習得体系が、一貫した一つの宗旨で構成されてることをご存知ですか。?

                末法の今 真の仏教
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posted by 猪僧老 at 15:10| Comment(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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