2011年08月04日

伯父の葬儀と信仰

昨日、95歳になるある人の姪御さんからのご相談で、伯父は高齢のため、何時、何があっても可笑しくない状態なので、その葬儀を、その姪御さんに一任すると言われ、その準備の相談に来ました。
とのことでした。

お話を聞きますと、伯父は妻と若い時に離婚し、その子供も含めて今何処にいるか分からない状況にあり、現在接触にある、その姪御さんに末後の依頼をされたと言います。

ご逝去は、お寺さんを呼ぶことになるでしょうから、仏式になるでしょう。

即ち末後を依頼されたが、自分の家族は宗教は、何も信仰していないので、あなたの教団に入信している、伯父のご葬儀とその後の、仏壇や位牌、納骨や永代供養、などの処理や手続き費用について、確認するために来られたわけです。

さて、身内のいない人の葬儀の仕方は、幾つかありますが、この手続き関係とは別に、仏式で行うことに、大いに問題があります。

昨今は、高齢者の一人所帯の方も増え、又、世間のの簡素化感覚から、宗教色のない、簡単な家族葬に人気が高まっていますが、もともと宗教的行事ではありませんので、形式的式典を上げて、費用をかけずに、本人をあの世へお送りする。事の儀式的式典となっています。

それなのに、何故仏式、又は、その他の宗教的式典をとするのでしょうか?
他に簡素化する葬儀の方法は、宗教色を入れずに、ご親族のみでお弔いを行うことができるのにです。

それでも形式的式典をすると言うことは、その亡くなられた方を含めた、自他納得の風習感と、義務的満足感を得るためで、これは、無宗教、無神論者の故の自己満足の死者の送り方なのです。

無神論・無宗教の方は、当然信仰の体験がなく、宗教の経典の正しい意味をご存知ないわけであり、手を合わせれば、死者が浮かばれると考え?。そして、浮かばれる?成仏する?と、考えておいでなので?

従って、簡単な家族葬で、派遣僧を呼び、各宗派で独自で定めたお経をあげて、一件落着として終わるのです。

この様な模擬的式典を、あなたの亡くなられた大切な方はお望みでしょうか?とお尋ねしました・・・。

仏教典には、人の意識には、死んで肉体と共に無になる「六識まで」と、亡くなっても残る「七識から九識」があります。「七識からは不滅の識」で、業になると説かれています。

結論的ですが、では、どの様にすれば、死者へ、生の世界から死への世界(仏界)へお送りする、正しいご葬儀になるのか?を、姪御さんにお話ししましたが、半信半疑のご様子でした。

仏教の「信仰」は、「簡単ですが深く、自分の仏心に関すること」ですので、又の機会にお話ししたいと存じます。とお話しお別れをしました。


末法の今 真の仏教
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posted by 猪僧老 at 13:07| Comment(0) | 葬儀・信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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