2011年10月22日

厚生年金の行方と経済主義国家の危機

現在の国民皆年金制度は、昭和36年4月から実施となりましたが、その後、昭和61年4月に、基礎年金制度が導入され、20歳から60歳までの全ての国民が強制加入となりました。
これらの年金制度は、現役期間に積み立てることで、退職後の高齢者(60歳以上)に年金を支払う仕組みの制度となっています。この世代間で扶養する方式を「賦課方式」と言います。

この年金制度に対して今、抜本的改革に大変な関心を呼んでいますが、財界も政府も、その安定した年金の支給を如何にすべきかが論議されて、消費税議論も今や必然に飛び出し、その財源確保を図ろうとしています。

この論議には、有識者による検討を重ねて、結果としてはマクロ的な構造の結論となると思われますが、今の日本は、資本主義国家の為、その論議の焦点は、経済論で集約される訳で、その場合は、弱者救済措置が弱まる傾向となりましょう。

有識者でもない私が考えることは、世界の高齢化を向える人類は、現在の資本主義や社会主義、共産主義の観点のみの観点では、成り立たない、世界全体を包めた、共存のマネジメントシステムが必要と考えます。
現実的には、日本の制度の総合的見直しが必要ですが、時間や経費の関係から、中期的見直しになると思われますが、その中で、人の生甲斐環境整備を外して貰いたく無いのです。

生きる者すべてに、成長と成熟そして衰退へのサイクルがありますが、日本も世界も成熟した乾燥感と言える時代となり、若者はフリーターで生活をし、年寄りは年金で生活をする時代となっている中で、貧富と貧困の差がそして、人の絆も大きく離れている世界に私達は暮らしています。

どの時代でも、貧富の差は争いを生みますし、権力と尊厳の差も又争いを生じます。

人類は歴史的に、それらの事象を知りながら、争い(経済、政治、宗教)の世界を利用して、生き延びています。
従いまして、福祉の年金制度も経費である経済との戦いとなりますので、この中で弱者救済は、付け足しの議論となるではないかと、不安でなりません。

弱者救済は、人の尊厳を自他ともに保持することであること認識すべきです。
又、日本国憲法で保障された人権であり、国民の義務でもあります。

財界と共に政府が、「若い者の働く環境を増やす」「定年延長は若年の職場を奪う」の表面的美言で、定年延長を消極化する刹那的サバイバル議論や傾向が多くあり、既に成熟期から衰退期にある日本の認識が弱く、新しい次元の成長生活転換戦略が見えて来ません。

こんな事で、将来の年金改革は、真に若い人たちの平和で安心な生活環境ずくりに成ると言えるのでしょか?

人の生甲斐とは、若者から高齢者まで、全ての人の長寿と成長の力となる人の尊厳に関わるものなのです。

そして、この社会生活環境創りは、グローバル観の中期成長戦略の中で、弱者への救済環境創りへ向け、国民の意識改革を進め、先ずは、福祉、年金、互助、そして関連する給付仕組みの環境整備を促進して、高額所得勝者の生活弱者への税を拡大還元する、還元賦課方式税を併設した年金制度が必要と考えます。


                                          心の旅路
posted by 猪僧老 at 15:03| Comment(0) | 厚生年金 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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