2012年01月18日

息子に冷遇される母

昨日漸く訪ね人を一年かけて探し当てることができました。

其の方は、2ヶ月に一度程度会っていた、既にに80を過ぎているご婦人ですが、
一年前から行方が分からなくなっていました。

自宅に何度もお尋ねするのですが、お留守のようで、お会いできず、
時々電話や手紙などを入れて、連絡の要請をしていました。

自宅では息子さんと同居しているのですが、身体の病での不自由の中、
息子さんの食事など、手足が可也動かなくなる一昨年まで続けているようでした。

只、息子さんのお勤めが夜の務めとあって、18時ごろ出かけて朝帰りの様子で、
お尋ねしてする時は殆どが寝ている時間で、婦人はそれを気兼ねして、玄関先での話は、
用件のみの、ささやき声で行っていました。

昼間にお邪魔した時は、ヘルパーの介護を受けて、入浴などにぶつかることも
時々あり、体の弱体化を懸念していた付き合いでした。

休みの日を選んでお尋ねしても、息子さんが居ることは分かるのですが、
呼鈴で呼んでも、一向に反応が無い状態が続いていたのです。

心配が重なって、遂に市役所担当課から民生委員に、個人保護法の固い壁を潜りながら、
ご婦人本人からの連絡を依頼していましたが、先日、本人入居の介護施設の責任者の方から、
連絡を貰う事ができ、本人の様子を聴きますと、入院しているとのことでした。

病院名を訪ねて3日後に知り、早速お見舞えに出かけましたが、運悪くご本人は丁度
退院された後でした。

しかし、退院できたこと、そして病棟から怪我の入院であることが分かった事で、
今迄の緊張が一気にほぐれた感じでしたが、翌日、施設で待望の面会となったのです。

婦人は、大変に驚き又喜んでくれました。

お会いしてから分かったことですが、本人の痴呆が進んでおり、話しをしようとするのですが、
その内容の言葉を思い出せない事が半分程度ありましたが、只、嬉しい事に、私の顔と名前は
覚えてくれていたのです。

話には精力を使うために疲れるようで、余り長話は出来ない状態でしたが、居住をその
介護施設に移したことで、老後の身の回りや、諸々の日常の不安が激減したようです。

息子さんも、殆ど尋ねる事が無いようで、独居老人の方とは違っても、一人息子が頼りの
ご婦人にとって、この別居は家族との絆が薄れたことは言うまでも無い事でしょう。

私は又一人、社会の弱者の淋しい顔を見てきて、弱者の社会での在り方と生き方を
考えさせられたのです。


posted by 猪僧老 at 14:03| 還暦ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする