2012年02月08日

国旗国歌の国民的意義で

スポーツ界で日本選手の活躍が目立つようになった昨今、国旗や国歌を身近に見聞きするようになりました。

戦後、特に教育界で、国旗と国歌は、天皇制と戦争に繋がるものとして、否定無視する姿勢が問題化していましたが、現在の教育界ではどのように扱われているのでしょうか?

その当時の影響を受けた人々が日本には多数おられると思います。

先日、日本代表のサッカー選手の国歌が流れる場面で、沈黙のTV画面が流れていました。
対する外国の選手は、国歌を斉唱しており、対照的な光景でした。

この様な姿勢は、外国では、不可思議な事と映るようです。

国旗や国歌は、国家にも民族にも不可欠の共通のきずな意識として存在する歴史的精神と文化遺産と言えるものでしょう。

ナショナリズムと愛国主義は厳密にはその違いはありましょうが、日本国民であること、即ち自己の国の、アイデンティティーは否定しようのないもので、それが事故の誇りであり国の誇りでありましょう。

軍国主義や天皇制を考えた時に、戦争のない今、そして天皇制が失われたとしても、其の事とは、直接に関係しなく、存在した行くものです。

このナショナリズムの骨をどう育てるかで、国旗や国歌を誇りにすることで、偏見のない愛国心や平和への国民の基盤の骨が、そして、世界に誇る日本国の在り方が育つのではないでしょうか?

ただ、最近のスボーツ観戦の節度のない応援の仕方には、少し嫌悪を感じつつあります。
posted by 猪僧老 at 14:09| 日本の将来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする