2013年05月11日

「終活」とは幸せに「生活」すること

昨今巷に「就活」では無く、「終活」の言葉が多く見受けられるようになってきていますが、この意味は、人生の終焉をより意義あるものに準備することのようだ。


故に、この「終活」も「終」の準備で費やすのではなく、この余命を「活」の思考で生きる、「終」<「活」の取組としています。


しかし「終」「活」の在り方に、人様々な価値が存在して、必ずしも、「終活」の取組は、「終」<「活」では無く、「終」と「活」を共に活かす、多様の「終活」が在り、夫々が、その価値付けを行い行動すべきです。


例えば、生前の「遺影」「戒名」「墓地」や「認知症」「事故」「遺言」「エンディングノート」等、故人の「遺留品」の様々な処理法や遺族に繋ぐ「遺留品」「備忘録」の「継承行為」も大切な「終活」となります。


しかし、これらの物的な事項も去ることながら、より大切なことは、心的な余命活動にあります。



これが人としての一番大切な「終活」と言えるのではないでしょうか。


他人に迷惑をかけたくないための、過剰な「他のための物的終活」活動は、考えもので、「終活」は、心身が受実した生活の営みを続けることです。

「終活」とば、現在化の「余生」を感謝して、「生」と「活」をし、充実した喜びの心境で、他界することにあります。


 

ラベル:他界 幸せ 終焉 終活
posted by 猪僧老 at 11:44| 高齢日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする