2013年07月23日

政治の視点 猪僧老の憂鬱

自民党の掲げる「強い国日本」とは、デフレからの脱却、憲法九条の改訂、軍隊の

創設など挙げているので、この言葉の直感は、「覇権力」のある国がその政策の

主軸にあると考えられる。



さて、国内では、国の中堅を担う30代〜50代の家庭の多くは、共働き所帯と

言われ、家庭を支えるその絆は経済となっています。



では、20代ではどうでしょうか。



20代では、賃金が安く、家庭を持つ経済的余裕がないことや、やりたい目標も

見当たらない人が多い層であると考えられます。



これらから、日本を支える現役の世代層が、この様な現状にあります。



加えてその雇用形態が、非正規社員と言われる働き手が、60%を占める、

企業年金を除外される層でもあります。



では、「シルバー民主主義」と名付けられる高齢者層の生活状況は如何でしょうか。



この層の年金の平均受給額は、扶養や単身、勤務年数などでその受給額に差があり

ますが、概ね21万程度であり、人事院の標準所帯の生活額試算の、17.5万を、

地方と都心の物価差や、住居費などを考慮しますと、この数値から、年間250万円

以下の低額者層の苦しい実態が浮き彫りとなります。

 


これらを総合的に俯瞰しますと、日本経済の破綻の姿があり、一部の企業が、

生き残りを賭けて奮闘する姿が見えてきます。



即ち、国の政策は、強い日本国を作るとしているわけですが、国民の生活は、

家庭が基盤であると、先ず確認すべきです。



ここでの問いは、稼ぐことが主目的の「家庭」は、幸せな生活を送っているでしょうか。



また漸く、衣食が可能な単身者の家庭は幸せでしょうか。 



今までの経済は、その経営戦略を、消費拡大に賭けて誘導した政策の背景から、一部の金余りの企業や富裕層が、マネーゲームで含め、更に稼ぎに傾注する企業となり、利益獲得中心の経営を創り上げてきました。



株主も又、投資資金の回収が主で、企業の社会への貢献と還元努力を監視せず、利益増大を監視し、利己の利益を追求してきました。

 


これでは、企業の社会的責任の低下は必然であり、目先の利益獲得戦術に追われ、企業理念や企業の存在意義などは置き去りの経営に邁進してきたのです。



故に社員は、ただ企業の利益構造と効率を求められ、戦略的設備投資の従属機能となり、設備では出来ない分野で、効率追求の補佐補充的、部品的役割を分担する機能となり、その経営者は、社員の家庭を守る配慮と社員の体力(能力)を削り続けているのです。



これは他方で、法人の死活をかけた経営活動でもあります。



しかし、この様な労働生産のメカニズムで、何が強くなるでしょうか。



その先は、企業基盤もスリムとなり、個人もやせ衰えて、家庭も社会も活力を失って利己的な考え方に変貌して行くでしょう。


この現実の作成者は国策であり、戦後の成長期の成功神話に溺れ、この市場主義メカニズムの路線に固執して、成熟期を超えても尚、その右上がり路線の方向に指導してきたのです。

 


従来の企業は、企業が年金の納付額の半額を負担し、年功序列での生活給与体系と終身雇用制度を保障する家族的雇用形態が確立していましたが、企業間競合の弱肉強食の激化に伴い、その制度も体制も崩れて、個人に全ての生活リスクの比重が移行し来ましたが、その流れをの利を容認し、欧米のノウハウに傾聴して、個人を主体とした、経済的能力主義を支援促進したのが、国の政策で

あり、政策でした。

 


要は、社員である個人価値より、法人の価値を大切にして、経済大国と成った経緯にメスを入れずに、その陰の「家族の価値」と「個人の尊重」が軽視され低下し続けて来たわけです。



その為に、家庭の絆も変化し、社会風土も思考も変化し、幸せの心も、平和の心も変化し、遠のいてしまいました。



そして職の受け皿と税収を期待して、企業の法人税を減額するなど、法人優先の優遇政策を続ける過程て、一部企業は膨大な資産と資金を蓄積してゆきますが、結果は、現代の世界先進国は、概ね、金余り物余りで市場の需要が飽和状態となり、漸く市場からのブレーキシグナルで、国や法人の市場主義経済の危機感が生じたのです。



この間、個人や家庭、国民の生活を守る諸政策や、社会産業構造、社会規律の法律や規定の改革、修正、施行が後回しとなり、今や、各分野でその抜本改革や見直し、修復など、多種多様の作業が求められ、追い詰められた事態にあると推量します。



これら国策失敗の流れを、我々は致し方ないで済まされるでしょうか。 



働き手の殆どが、雇用不安と所得減少の状態で、消費に回すお金も不足する家庭の、消費拡大の政策は明確なミスマッチです。



非正規社員の年金保険料徴収は、これも明確なミスマッチです。



消費税の値上げも、この様な経済弱者層の首を更に締める結果となることは自明の理であり、消費拡大に繋がらないミスマッチ政策です。



絶滅した多様多種の企業内新入社員研修や高度の技術訓練は、社内の教育者不足と、その準備を含む訓練環境作りが難しく、企業に補助金を支給しても、高度な技術者の育成やその継続と、フォロー管理は困難な課題であり、ミスマッチの方策です。
 

産業の縦の下請け構造は、経済格差を助成する構造でもあり、産業を弱める構造でもあるので、優秀な中小企業の育成と優遇をする政策に変えて、現在の大企業と、同格の横のパートナとして、WIN−WINの産業構造に転換する必要がある。規模の論理に、優秀な技術の集合体が機能する規模の創設を、資金のみでなくし育成支援の制度が必要で、大会社優遇制度は今や弊害であり、
新技術の創造や起業の意欲や拡大に繋がらない政策のミスマッチです。


大艦主義は、転回速度が遅く、効率も悪い、重厚長大から軽薄短小に時代が流れたように、今は、企業から個人に産業の構造が移る過程にあり、新しい小さい高性能の多機能ロボットのように機能する、個的産業のネットワーク起業による体制作りが求められ、この様な産業育成の国の支援政策が急務となっているのです。



なのに未だに、従来型の延長の政策を進める先見の無い政治に、先の見えない若年層が、そして生活にもがく中堅層や、増税に怯える高齢層が。国の失政に失望するのは当然のことなのです。


現在、過っての世界の経済大国が次の転換戦略を模索する時に、日本の世界の位置づけは、「強い日本」では無く、「尊敬される日本」とし、国民が「誇り」を持てる、新しい技術立国の創造に向けた政治の展開を願っています。



「尊敬される日本」とは、「第一に、国民の家庭生活の基盤を大事にする。第二に、国内外の国民生活の質的向上に貢献する。第三に、共存国として信頼される国とする。」に努力する姿を、日本国の「アイデンティティー」として、「日本の国威と誇り」を持てる国にすることです。



posted by 猪僧老 at 08:21| 日本の将来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする