2013年08月03日

終活とエンディングノート

 昨今色々の処で「終活」や「エンディングノート」の文字が

目に留まります。


そんな自分に「墓チ墓チ」寿命が見えて来たのかなと

考えたりします。


「終活」も「エンディングノート」も、自分の「死」への

準備と言いますし、「死」へ向かう準備は、元気の時にして

おくことが原則でしょう。


でも「終活」を考えて観ますと、生を受けて以来の「人生の活動」

とも言えると考えます。


又、「エンディングノート」は、「その人生の締め括り」

とも考えます。


こんな屁理屈を言っても始まりませんが、後期高齢と

なった今、何れにせよ「終焉」の準備は、自分の人生の

整理にも、又、残った関係者に対する礼儀からも必要な

ことです。


で、改めて、この両者の活用を考えて見ますと、「終活」

は「終焉」までの「ミッション」に絞られ、

「エンディングノート」は、「終焉」までに推移した



「終活」と「すべき準備」の「記録」でありたいと

考えています。


そして、この「両者」は、「死後への記録」と成ります

ので、その在りかだけは、後世の人が分かるようにしなくて

はなりませんし、生前に、その旨を何らかの方法で知らして

おくことが大切と考えます。


又、「両者」のテーマによっては、関係者と相談しながら

進める工夫も大切な方法です。

 


追伸

関係する機関には、生活セミナー、生活ボランティア契約、

よろず相談所、訪問往診契約(ホームドクター)、法律家と

する、任意後見契約、死後事務委任契約、公証役場、など

の活用もあります。



posted by 猪僧老 at 11:23| 終活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする