2013年08月25日

平和とは何かを考える 「宗教多元主義」

無信教であった私は、48歳の時に仏教を私の帰依する宗教に選択しました。

 

それ以来、歳を増すごとに、人には宗教が人生に無くてはならないものと感得しています。

そして佛教は、世界平和にも必須の宗教であると信じますので、世界の平和を考える時、

宗教観なしでは解決しない問題と考えるのです。


それは、世界の紛争や戦争多くは、民衆の宗教に起因するものが殆どであり、過去の戦争の

歴史は、イスラム教国とキリスト教国の、時の覇者と侵略者による、領土と、人的精神の

対立が背景で生じたものが少なくなく、これらを考える時、宗教観抜きでは考えられない

ことなのです。

 

しかし現世には、なお様々な宗教が存在します。

 

故に、平和を求める人達に、「それらの宗教について、互いにその存在意義を認めて、

夫々の宗教を対立の存在と見るのではなく、相互補完として共存する宗教観を持とう」とする、

「宗教多元主義思想」が生じています。

 

一般的にこれを考えますと、非常に常識的良識的な考えで、博愛主義の思想にも聞こえますが、

それは、敬虔な宗教者にとっては、この上の無い「侮辱」となります。


その答えは、ご自分の信仰する神や仏を無視する考え方であるからです。

人は、人の作った「法」を、その規律を求めますが、信者は、「神」又は「仏」の説いた

規律に従うからです。


そして、人の「煩悩による善悪」と、神や仏が説く「真実の善悪」には、その深さや、

正しさの観点や領域が異なることが多いためです。



つづく


posted by 猪僧老 at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 宗教多元主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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