2013年09月04日

敬老をどう考えるか

周りでは。敬老の日が近づいてきたため、催しや贈りものの準備が忙しくなってきている。

私も地区内の敬老対象者に、お渡しする贈り物の用意を始めました。

この敬老の日の由来は、聖徳太子が建てられた四天王寺の一つであります
今の養老陰のような施設の、悲田院(ひでんいん)が、9月の15日に出来たことで、
これに因んだものではないかと思いますが、政府の決めた人に聞かないと分かりません。

単に、3連休のために、9月の第3月曜日をこれに充てたのかもしれませんね。

私も当然にこの類に入るのですが、現代の核社会や長幼の序など敬老秩序や制度が
無くなった社会では、老人の価値は、姥捨て山の時代の価値に似てきているように思います。

又、敬老と言われる年齢も不定でありますので、その意図するものもあいまいです。

この中で、社会に貢献してきた高齢者に敬意をとする催しは、何とも気乗りのしないものです。

しかし、年少者や関係者が一生懸命にその運営を成功させようとする姿は、
敬老の日の憩いのイベントとして楽しませてくれます。

高齢の今、敬老の日をどう受け止めるかですが、雑念を抜きにこの日を、「長寿感謝の日」の
「自分に感謝する日」にしたいと考えています。

posted by 猪僧老 at 11:50| 人生ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする