2013年09月16日

不戦国日本の誇りと国民の平和力を示そう

テレビ朝日で、石破幹事長の集団自衛権に対する考えを聞いていたが、先ず中国の

領海侵犯、朝鮮や韓国に対する警戒など、国の危機感の高揚に対する対策として、

憲法を改定して、集団的自衛権が施行できる国にすること。を力説していた。


先ず、国家的危機が存在するための国家防衛を確りしなくてはならない。と言う話だ。

 

又、仮想敵国は中国ではないと言う。どういう意味であろうか。

 

それでいて、東南アジアの平和に集団的自衛権が必要だと言う。

 

一見、この論点は常識的に聞こえるが、真に矛盾した話で、全く筋の通らない

集団的自衛権行使の正当性に賛成できない。

 

又何故、東南アジア諸国に日本は入るが、韓国や中国が入らないのであろうか。


これらから、集団的自衛権の考えの基本は、参戦報復武力攻撃ある。

報復武力攻撃は、戦争参戦に繋がる道理であり、当事国を戦禍に巻き込み、長期化する。


この武力報復が前提で、集団的自衛権行使と軍事力の強化へ、対抗志向が固まっている。

“やられればやるぞ“は、お互いの緊張を高める態度であり、この考えの線上に、

集団的自衛権を正当化する思考の固執である。


何故、「日本は絶対に戦争をしない」と、徹底して隣国や国連に主張しないのであろうか。

この考えは、現実的ではないとするのが今の内閣とその周りのシンクタンクだ。

国際的に、戦争が正統化されることは、絶対にないのだ。

他国に絶対侵犯をしないとする日本に、他国が武力で侵犯をし、己の正当性を国際的に

主張することは困難であり、国策として得策ではない。


それでも侵犯を重ねるなら、現状対応力で抑制し、先ずは米国に、そして、世界各国に、

報復抜きの解決へ、救援を求めるべきである。


もし日本国民が戦火の被害を受けても、報復を行わない場合の被害は、報復戦争を行った

被害より、遥かに少ないものになるはずだ。


それ故に、平和を守る日本国民の強固な意思が、その危機を救う力となると信ずる。

「戦いはしない」を前提とする日本外交戦略を、何故国民に示せないのであろうか。

政府は、この課題を考えられないか、不戦の覚悟が薄弱だからであろう。

国会は、真剣にこの戦略に取り掛かって貰いたい。

そして、その結果を国民に発表し、この国策を固めて欲しい。

真剣であればある程、不戦戦略の企画が現実化して、必ずや、かなり高度な不戦戦略が

出てくるはずである。



posted by 猪僧老 at 11:39| 集団的自衛権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする