2013年09月21日

特別養護老人ホームと敬老の日

敬老の日のお見舞えを兼ねて、今回も特老ホームに行って、近状を話し、 お天気で、今までの暑さもなく心地の良い日でしたので、車いすを引いて 30分程度の散歩としました。 以前にも述べたことですが、特別養護ホームは、現代の姥(うば)捨て山だと、 何時も思います。 古い昔のことと異なることは、昔は愛情があっても自分の食べる分が欠乏し、 口減らしで、親をや捨て、子供売るなどしか、生き延びる方法がなかったのですが、 今は異なります。 今は食べる余力があっても親を見取るまで、子供は自由でいたいのです。 特養老人ホームのケアは、最低の生きる場の提供です。 互いの煩わしさが無く、共に良い方法と考えますが、実態は、施設で生かされて いますが、希望も楽しみもない、時間を消費するだけに息を吸い続けている。 としか映りません。 施設の人も仕事として、動けぬ老人を抱え、多忙な時間で養護をしてくれているのを 見ますと、何も言えない気持ちになりますが、要は、今の世は全てお金で解決できる 様ですが、心の介護は心でしかできないことを、重みを持って考えるべきでしょう。 私もすぐ80代になる身ですが、考えさせられた一日でした。
posted by 猪僧老 at 10:56| 特別養護老人ホーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする