2013年12月03日

高齢者のエンディングノート

高齢者が特にそうであるように、加齢するごとに、 残す日時が短く感じて、
確かに、日々の過ぎゆくのが早くなっている。

人により異なることではあるが、やり残しがどんどん逆に増えている感じで、
恐らく今生では間に合わないと思う。

現代で年金貧乏の私のような一番気になるのは、自分の葬式代である。
若い時は何の不安もなかった銭のことが、今は、家族の長期の病気があったり
金融なと経済変動や、災難などの事故に遭ったりして、計画が大きく狂っている。

その上で更に気になるのは、自分の成仏と残した家族が自分など祖先に対する
ご回向のことで、信者の私には、信仰に興味のない子供たちの死後の振舞いが、
今から気になるのである。

無信仰者に、限られる法華経でしか成仏ができないことを説いても分からない事で、
安心して死ぬこともできない有様だ。

いざ鎌倉の時に、遺言ではないが、自分の希望をしたためておくのに、有効なのが
エンディングのーであろう。

市販の円ディグノートは、項目が整い過ぎて、かえって書き難いので、気楽に
書ける自分のノートを書き順で整理しながら書くのがよいと考えいる。

物を整理するのは残すものは必要であるが、全てを整理するのは無理であるから、
また、心をものに残すことも無理であるので、このエンディグノートで、遺すことを
元気なうちにしたためることが必要と、最近は考えている。

posted by 猪僧老 at 16:04| 東京 ☀| 人生ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする