2014年12月23日

年末の終活

毎年年末となると又1年が過ぎたかとかと思う気持ちに、終活の1年が気に成ります。

この1年は、時間を惜しんで日々を過ごしてきましたが、目指した目標に到達できず、
相も変らぬ貧乏所帯と介護家事生活を続けております。

先週は、年3回の退職組の忘年会があり、色々と現在の様子を語りあいをし、その内容
が在り来たりのものですが、それなりに楽しいひと時を過ごす事ができ、終活の意義ある
一時となりました。

これも身体が健康であるが故できる事でありますので、本当に体に感謝です。

私も後期高齢ながら、ネットビジネスの世界を学習していますが、今年はパソコンが
不調で本当に辛い思いをしました。

又個人のネット業界の不良や不正な事も色々経験をしています。

命もお金で売り買えできるとされるこの時代は、資本主義社会の終焉と言えるでしょう。

新しいものや科学が物珍しさから目を向けられ続けていますが、人が人たる由縁を
忘れ去っている時代となり、人の幸せも金持ちとなる事に主眼が置かれている社会で、
貧乏老人の生活や終活は、その枠が小さいものとなり、社会からの存在価値も薄れ、
目立つのは、高齢社会の医療費と言う、これもお金の問題となって、税の増加が言われ
ています。

この社会を振り返り考えますと、科学の進歩は、社会の生活コストとして増加しており、
それが税金でもあり、給与でもあります。

給与は、世界でも先進国の仲間入りをした高額となりましたが、その分生活費が上がり
実質の取り分はこの10年以上増えていないのが実態で、これも社会生活コストが
それ以上に上がってきたためです。

年金生活者は、年金の切り下げと物価高、税の増加で、益々生活が困窮化していおり、
こんな社会を若者が見た時、国も、将来も希望の持てないものに映るでしょう。

集団的集約から個人的分散に無い、社会経済勾配が、中堅層から二極化に向かう
日本は、更に社会を不安定にし、政治への関心も薄れ、心の離散が増進します。

あまり先がない私たち高齢者ですが、この流れが長く続くと思うと、この国の将来を憂い
ざるを得ない心境に成ります。

日本の政治は、本当の国民の幸せをもたらしたのかが、問われる問題として、心に留めて
心の渇きを潤わしながら、更に、終活を実のあるものにしたいと考える毎日です。



posted by 猪僧老 at 13:41| 東京 ☀| 人生ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする