2013年08月06日

広島原爆記念式典と平和記念式典

今日8月6日は、日本国民の原爆記念日であり、平和記念日であります。

この日を迎え、広島では、その式典が開催されますが、私が毎回感ずることは、被爆者の方々の無念の思いです。

佛教の地獄に、「僧怯(そうきょ)」と言う大風が在りますが、この風は、その速さと、灼熱と、悪臭を有し、風に当たったものは、瞬時に粉々なって消滅すると言う「風」です。


原爆は、正しく人工で浴びせた、地獄界の最奧地獄「無間地獄」の「僧怯」です。

これ以上の「苦しみ」は存在しない「究極の苦しみ」です。


阿部首相は、「原爆」撲滅を日本がリードすると熱弁していましたが、「原爆」と「原発」の何処が違うのでしょうか。


確かに「形」も「目的」も一見異なりますが、然しその実態は、「表」と「裏」の一体関係にあり、尚、戦後の新生日本は、原爆を「待たず」「作らず」「持ち込まず」の三原則も、今やその思想は、党内で無効の状態であり、国防軍を正統化して「力」の方向に舵を切り、更に、負の最悪の副作用を持つ「原発」を売り込む日本に舵を切っています。


そんな日本を代表する首相の「熱弁」は、何とも「裏と表」顔が見えて、平和を先導する日本の、一貫した信念の政治の、真の姿が見えません。


今日は、式典終了後に、何故か墓参りがしたくなり、お墓の掃除も兼ねて、被曝された方々に、鎮魂のお経を捧げてきました。





posted by 猪僧老 at 15:12| 原発と被爆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月30日

負の遺産となる原発

TVで、国の発電を原発で行うと決定をしたスエーデン国と、発電を風力発電に決定し、原発に依存しないとした 国デンマークの紹介があったが、デンマークは、原発を計画していた人の住めない荒地に、40年前から研究していた 風力発電等を設置して、将来においても、国の電力の100%供給を満たそうとしている。
他方スエーデン国は、2基の原発で、現在総需要電力の40%の電力を供給しているが、今、使用済み燃料処理施設を、 岩盤地の地下473m地点にその建設を進めている。
が、その安全性の検証と長期への耐久性に向け研究中です。
何せ、核燃料の放射線放出が消滅するまで、25万年を要すると言われていますので、慎重に慎重を期すスエーデンですが、 岩盤内と言えども、自然災害などの猛威にも耐える施設とするための研究と検証が続けられています。
これについての結論が、どの位の年数を要するのかは、当事者も不明とのことでした。
理論的ですが、原発1基を100%安全に運営するためのサイクルは、25万年なのです。 この間の膨大な使用済み燃料処理の処理量は、どの程度になるのか想像もつきません。
日本の原発は、未だに、経済優先論が有力な国会や産業界から、その存続が大きく要望されている現状で、日本の自国の 使用済み核廃棄処理の論議が聞こえてこないのは何故なのでしょうか。
将来の日本の負の遺産に責任を感じないほど、狂い始めている日本の姿と言えるのではないでしょうか。
posted by 猪僧老 at 21:06| 原発と被爆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月10日

原発の行方が日本政治の行方をきめる

福島原発の事故以来、原発に対する国民の意識や見方は可也変わり、今は反対派が過半数になった感がしますが、その反対派の中にも、その安全性如何で、賛成派に変わることも多分にあると思われます。

国会でも、民主党の原発の対応での批判が多々ありますが、野党の自民党は、原発導入歴史から、賛成派が多数でありますし、加えて電力界や原発助成金の依存地域や、電力を必要とする経済界は、こぞってその経済的視点から原発再開ありきの賛成派であるため、原発社会に一時否定的であった、民主党もこれらの圧力に押され、現在は明確な反対姿勢を示さず、むしろ消極的賛成姿勢である。

原発は、この半世紀日本の経済成長を支えた陰の原動力であり、日本経済は円安も加わり、輸出経済で急成長を成し遂げ、その力が錦の御旗となり、聖域となり権域となって、国家的にも社会的にもその地位が擁護されて、厚く護持されてきました。

この地位の驕りと税金垂れ流しの経営の怠慢が、今回の災害で、その姿が各面に露出したのです。

今回の戦争に匹敵する大被害は、安全神話を自然災害があらわにした大人災なのです。

原発は、安全の担保が100%確実な事で、行われるべきで、それは、飛行機や新幹線も、災害が予想されれば、欠航や運転中止の措置と同じことで、災害予想される時は、停止になるべきものなのです。

しかし、自然災害予想の都度止まっていたのでは、その役割を果たす事が出来ないため、原発政策としては、その考え方を受け入れることはないでしょしう。

故に、原発は人工物で100%安全と言い得ないのものであり、火山列島の日本で、この対策が100%整うまでの災害は、人災と言えるのです。

今政府は、未経験と未曾有の甚大な被害の対処に忙殺され、被害の回復と放射線の撲滅政策に全力を払っていますが、さて、日本の未来へのエネルギー理念が定まらぬまま、目先利害が優先して、小手先の原発再稼働の許可をしようとしています。

戦後の走り過ぎた資本主義経済社会の崩壊が日本をはじめ、世界各国で次々と起こる中、現在においても尚、日本丸の舵先を変えることなく、経済のパイの取りゲームを継続する日本国会や、産業の識者層に、減速経済への対応と人の心の豊かさへの政策転換、そして世界平和に対する国策など、日本丸の新しい目的地へ舵を切る、理念や叡智が見えきません。

未だ従来型の、日本の政治家と産業界の識者の考える、「日本国民のため致し方ない」とする姿勢です。

今、北朝鮮の衛星ロケットが、日本も有力な一員となり、世界的圧力で阻止しようとしていますが、原発発明の経緯から、広島や長崎の原爆被害を考える時、それ以上にリスクのある課題である筈です。

北朝鮮やイランなどの他の国に対しては、もの申すパホーマンスを見せる日本の国会や政治の現在の実態は、理想の国創りのため、一つになるべき現代に、情けない体を続けていますし、その議員を選択した国民もこの帰属や課題見識が不足していると考えます。

「のど元過ぎれば、熱さ忘れる」の人の性(さが)が、又も日本の歴史を惰性化し、事なかれ主義にてしまうのではないかと不安が募ります。

犬の遠吠えが届き、救世主が現れることを期待します。
posted by 猪僧老 at 15:35| 原発と被爆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月31日

原発廃止の理念

毎日、政治的ニュースに登場するコメンテーターの意見に、しばしば疑問を感じている。
政治的ニュースにも色々あるが、今回は、この大震災で幾多の尾を引く課題が継続しているが、大問題の原発継続の是非問題がある。
数日前に、管首相が、個人的意見として、日本の脱原発発言を行っているが、その後今回の九州電力のやらせ問題まで、その是非を廻り連続の紆余曲折ニュースである。

政治家の質が問われる日本であるが、この原発継続の課題について、コメンテーターの意見が、客観的なのか中立的なのか、その場の抽象的発言が目立つ。

社会的課題で、大きな問題由課題が出れば、政治場面の有識者として意見を述べる、その域の専門の実力者である人たちが、人々に真実と社会をリードする報道において、この様な態度では、軽蔑せざるを得ない。

首相もこの国民的大問題を個人的意見として発言するなどもっての外である。

有識者や専門家と言われる人は、一体どのような資質を持っている人なのか。
オーム真理教の幹部に東大出が多かったような、状況にならないことを願う。

私は、原発問題は社会科学を超える、そして、現科学・技術レベルを超える、人の命、即ち人類の存続の是非を問う「理念」の問題として捉えるべきで、現状も尚課題山積の原発廃止を決断し、廃止とその処理の社会科学的課題を、いかに早く進めて行くかを整理することが必須と考える。

原発処理問題も又、放射線など幾多の問題解決に、永い年月を要するに違いなく、国民は氷山の一角を見ているに過ぎないと確信する。
posted by 猪僧老 at 10:40| Comment(0) | 原発と被爆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月06日

原発ボケの日本政治

ニュースを見るたびに原発のことと住民の苦難の模様が未だ続いていて、心が痛みます。
日本の原発続行か撤退かの政府判断はいまだ明確でないのは何故なのだろうか。

経済と目先の利便性の物的利益を追求してきた、戦後の教育と文化の精神構造は、
今の、満ち溢れる過剰生産と豊食、そして使い捨ての文化を社会に植え付けて、
未だ、この経済的嗜好(指向)を制御することが出来ずにい。

日本の精神文化の『もったいない』と『足るを知る』の本来の人間文化は、今は、外国が
一歩先に行っているようだ。

原発廃止の問題も、世界の数カ国は、日本の惨状からこれを学び、政治決定をしている。

被災地の住民は今、ガイガーカウンターを手に、自分の安全の地を探し、又、セシュームなど
放射物質の除染を始めている。

しかし、放射線の被ばく物質の捨て場に、頭を悩まし始めています。

これらのことは、頭ではすでに分かっている事であるのに、自分の身に降りかかってから
課題や問題として、個人的対終えが優先している事に、政策の幼稚さを考えさせられる。

戦争被害が起こって、初めて平和を叫ぶ、『平和ボケ』のとよく似た話である。

日本の指揮者(識者)と言われる人たちが、日本の政治や産業を指導推進している現在、
この人達の、高い知識と常識とかのレベルは何を指すのであろうか?

将来の日本、そして子孫と地球に、ツケを残さないためにも、今から計画的に、原発は
廃絶をすべきである。

そして、本来の日本の精神文化の『もったいない』と『足るを知る』生活に戻すべきである。

posted by 猪僧老 at 11:05| Comment(0) | 原発と被爆 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする