2015年07月15日

あなたはお墓やお葬式をどうしますか?

昨夜真相ニュースの「お墓やお葬式をあなたならどうしますか」が目にとまり、昨今の状況とこの

分野の識者や専門家はどのような話をするか、仏教信徒として興味があり視聴しました。


招かれた専門家の1人は、葬儀ビジネス研究所の方、他の1人は、宗教家であり葬儀評論家でした。


お話の内容に、最近の葬式のキーワードは「家族葬」で、そして、火葬だけの「直葬」が増えて

きていると言うことですが、評論家は葬式はしないの「O葬」を述べていました。


葬儀費用は全国平均で、188.9万円(内、式典122.2万、お供養33.9万、僧謝礼44.6)でした。


そのキーワードの背景には、葬儀費用、親族のみで落ち着きのある葬式、家族の絆が薄い、

親族や家族が少ない、死人(びと)に葬式する意味が無いこと、などがあげられて、そこで

「葬式は誰のためのものか」で、「本人」のためか、「死びと」を送る側のためのものか、が問われましたが、

その遺族の側に、儀式の重きがあるのではないか、と話がありました。


お墓についても、前記と同様の背景から、子供や遺族が、先祖の墓守を避ける人たちも増え

ていて、無縁墓地に納骨される件数も増加していると言います。


この番組の要旨は、葬式は残された方の死人を送る儀式で、面々と継承されてきた葬儀の文化で

あること、また、評論家は、「死んだら物」の考え方から、「O葬」で良いと話しています。


私は、日本の識者や宗教家と称する人もここまでなのか。の感をぬぐえません。


この番組の中身は、経済性や面倒さ、迷惑などの回避が前面となり、「人の命」の尊さは、

「死びと」には無いとしての論議で、宗教的な深みが論議されず、まさに、「末法」と言われる

無宗教現代の「葬式ビジネス」と「自己都合主義」の世情が語られたものでした。


宗教評論家の生物学の「唯物論的命」と仏教の「輪廻の命(仏性)」にも触れませんでしたし、

「仏」にも「成仏」にも、葬式の「現世と来世」の意義にも触れませんでした。これでは、

唯のお別れ会で、「葬儀」ではありません。


そこで貴方にお尋ねします。


貴方は何処から来て」「貴方は誰ですか」「何処に向かうのでしょうか」

人は死んだら無条件で、「成仏しますか」、そもそも「仏」とはなんですか。


人は有史以来、何億年もの間、多くの賢者や学者がこの答えを探し求め築き上げた、その哲学英知の

集大成、即ちその「解」が「宗教」です。


単身高齢弱者が増加する中、これらの問題は、生前に話し合うことが重要であり、迷惑はかかるもの

と割り切ることが大切です。


死ぬ準備は、終活の大目標です。


成仏の宗教




posted by 猪僧老 at 11:06| 東京 ☁| 終活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月13日

終活の季節を迎える高齢の時季

高齢になると人生に四季が感じられる時季となり、私は今秋の終活期を迎えています。


終活期は、冬季も含むとも思いますが、冬季ともなれば、老化による体の諸症が現れ、

終活ができないことも考えられますので、終活の重点を秋季としています。


一般的には年をとると、やることも無く暇と思われがちですが、それは、それ以前の

自分の春季の成長期、夏季の熟成期、の人生を如何に過したに関わることのように思います。


終着点を求めた順風満帆の人生も、航海中の風の強さや嵐の急変で難行難破することもあり、

その航海は様々なものでしょう。


私は難破の組で、目的地に辿り着けずに、この余勢を近郊の目的地を詮索しており、これが

私の終活です。


自分のやり残しの課題を整理し、その到達時期を考え、何処までの達成の可能性があるかを

模索しながら、日々の終活をしています。


終活には、生活習慣の基本となるります、食事や洗濯、清掃、整理など家事雑事を時間割で

進めて、健康維持のための、食材の買い物、運動、入浴、睡眠など自分的事項をこなし、

その他に、長期的外部的な終活として、家族の信心相続、長期介護からの脱出、死後の家族の

生活の維持、財源の管理と確保、自分の社会的ミッションなどと、その他にもブログの出稿や

趣味の活動などの癒し時間、家族間と外部のコミュニケーションや、慶弔や旅行などのお付き

合い事項や行事が加わり、時には内外の係争も加わりまして、一日毎の終活は、大変に複雑で、

忙しいものであり、又、その様になってゆく可能性があります。


こう言うことから、老後の元気な内の短期な生存年月を予想して、如何しても日時は前倒しの

終活となってしまいます。


これらの活動を、社会の制度に、例えば年齢制限や収入制限がありが加わり、そのテーマに

よっては、益々目標実現が難しくなりますので、これも高齢からの要注意事項です。


多くの老齢者は、前記のような要素から、精神的、経済的、制度的、時間的な自分の自由を

縛られる可能性が十分ありますので、自分の人生の終着点を見詰めながら、日常の終活を準備し、

整えることが肝要となります。




posted by 猪僧老 at 13:08| 東京 ☁| 終活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月21日

緩和ケア診療所の生活と死活

NHKTVで、タレント桜井翔の取材の緩和ケア診療所の報道を見て、改めて人の終活の意義について考えさせられました。


取材は、終末期がん患者の余命宣告をされた日常生活を、どの様にケアすればよいのかを問うものですが、その方の施設でのケアと在宅ケアの例が報道され、その夫々のケアの良さが紹介されて、死と向き合う人々の思いの様相が語りかけられました。


これは、自分の命とこの世と別れとの意識と対面する正に死活の日々であり、又、家族との感情の交錯の日々でもありました。


緩和ケア診療所は、全国で設置されつつあるようですが、末期を迎える施設であるため、その患者を看取るための、自然的な雰囲気や、ゆったりとした個室、医師や看護師などの整備など、又、在宅診療など、必要な診療環境も考慮に入れたものとなるため、余り全国的に進んでいないようです。


費用もかかることであり、個人の心情や事情や、またその地域の施設の有無にもよりますが、治療でこの様な環境で自分の死を迎えることが出来るのは、限られた方と思います。


拝見する処、特別養護老人ホームとの違いは、医療側とそのサービス関係者、家族等の連携で、その人の死期を意識しての、その人に対する心のケアの厚さがある事で、可能な限り安らかに他界できることでした。


病人に限らず、全ての人が例外なく死期を迎える時期がきますが、その間、来世を迎える自分の心構えとゆとりを作り上げてゆく死活が大切であると学びました。





posted by 猪僧老 at 08:58| 東京 🌁| 終活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月29日

終活とお墓

最近のtvを見ていますと「終活」と「お墓」が良く目につきます。

私が不思議な事は、何故「お墓」が多く取り上げられるかで、
番組出演のコメンテーターや専門家などが、お墓そのものが、宗教的であるのに、
何故か、宗教に関することを殆ど触れないことです。

ただ、お墓の選択の方法や、人気の傾向、購入者の購入理由などで、
極一般的なことで、世俗なお墓ありきが原点となって、の内容であり、これに対して、
昨今のお墓離れの様子などの表面的紹介となっています。

終活での「お墓」の購入や非購入の殆どの方は、無宗教の人が殆どで、
何か、自分の記念碑を建てるような感覚で、お墓や戒名を考えているようです。

それと、「子供に迷惑をかけたくない」が、一番多いその理由となっていますが、
それならば、「お墓」を持たないことを選択すべきです。

お墓は、単なるあなたの[遺骨置場]の意味しかないからです。
又、お子さんも、法要などは世俗の儀式でしかされないからです。

故に、一番賢い方法は、低価格で出来る「散骨」にすべきです。

それでも、終焉時には一時的には、親族に迷惑をかけることになるのですが。

終活で「お墓」を考えることは、その位にしておきまして、本来の「終活」は、
「終活」を意識したその日から、以後のご自分の価値ある人生に向けて、
其設計と行動計画を立てて、歩み始めることです。

自分の後半の人生を、前半の人生の棚卸をして、素晴らしい価値あるものに
して下さい。


posted by 猪僧老 at 13:56| 終活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月03日

終活とエンディングノート

 昨今色々の処で「終活」や「エンディングノート」の文字が

目に留まります。


そんな自分に「墓チ墓チ」寿命が見えて来たのかなと

考えたりします。


「終活」も「エンディングノート」も、自分の「死」への

準備と言いますし、「死」へ向かう準備は、元気の時にして

おくことが原則でしょう。


でも「終活」を考えて観ますと、生を受けて以来の「人生の活動」

とも言えると考えます。


又、「エンディングノート」は、「その人生の締め括り」

とも考えます。


こんな屁理屈を言っても始まりませんが、後期高齢と

なった今、何れにせよ「終焉」の準備は、自分の人生の

整理にも、又、残った関係者に対する礼儀からも必要な

ことです。


で、改めて、この両者の活用を考えて見ますと、「終活」

は「終焉」までの「ミッション」に絞られ、

「エンディングノート」は、「終焉」までに推移した



「終活」と「すべき準備」の「記録」でありたいと

考えています。


そして、この「両者」は、「死後への記録」と成ります

ので、その在りかだけは、後世の人が分かるようにしなくて

はなりませんし、生前に、その旨を何らかの方法で知らして

おくことが大切と考えます。


又、「両者」のテーマによっては、関係者と相談しながら

進める工夫も大切な方法です。

 


追伸

関係する機関には、生活セミナー、生活ボランティア契約、

よろず相談所、訪問往診契約(ホームドクター)、法律家と

する、任意後見契約、死後事務委任契約、公証役場、など

の活用もあります。



posted by 猪僧老 at 11:23| 終活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月31日

高齢者の終活とエンディングノート

昨今、自分の終わりを整理する遺言状の話題が取り沙汰されていますが、それに、就活ではない、自分の終わりを理想的に演出する終活と、その関連の、エンディングノートが加わりました。

私がエンディングノートを買っていないので、その詳しいことは分かりませんが、人生の最後に託する事の、自分の日記と言うことと思います。

遺言は結論のようなものですが、エンディングノートは、自分の人生の整理とその内容によって、自分の回顧録や自叙伝などと略、同様なものになるのではと思います。

何れにしましても、自分の死ぬ前に残したい大切な記録となりましょうが、死を意識した準備の記録と言うのが的を得ているかもしれません。

高齢となったご時世で、「エンディングノート」を目の前に出され、貴方これを書きましたか?
と問われますと、葬式前の墓造りのような感じで、あまり楽しいものではありませんね。

今日は年寄りの手習いで、人生の死を迎えた準備活動としての、終活と遺言、そして、エンディングノートを学習しました。やれやれ!!


真の仏教を学ぶ
posted by 猪僧老 at 19:07| Comment(0) | 終活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする