2015年09月10日

武士道と平和外交

八十路を過ぎて就活の時、日本の将来が気になります。

メールの記事に、「武士道」がありました。


現在は、「武士道」と言っても、古典的言語と受け止められることも多いと思いますが、

武器を取っても、「人道」を失わない理性ある戦いは、永遠のもので「日本の宝」であり

誇りでもあります。


殺し合いの戦争と日本の武士道

http://editor-ex.jp/Lbk42534/34121


このお話は、日本が初めて世界を相手として戦った第一次大戦と言われる

戦争で撃沈した敵艦の兵士を救助した日本海軍の誇りとされた武士道の

「真実の証言」です。


日本の「武士道」は、古代から武力を用いて生死を境に戦った農民の歴史で

積み上げ、練り上げられた武人の「DNA」と言えるものではないでしょうか。


武器を持っての戦は、他の人命を奪うものであり、自分の命を護るものでもあり、

農耕民族の日本人は、戦が起こると死活のために武器を取り、故に、その武器

の使用人は、他と自分の命の、人の生死を深く考えるDNAを養い続けたと思われます。


このお話は戦いの勝敗を超えた、互いの命の尊さと、互いの愛国と家族への

愛のため、自分の命を掛けた誇りある戦いに、同士として尊敬する、精神と

行動が語られています。


この様な命の尊さを分かち合う心が、人間の価値であり、この価値ある人道的

精神が、真の平和世界への原動力になると感じるのです。


伝統的な「日本の武士道」の高潔な人道は、日本の平和外交の要となるものです。




posted by 猪僧老 at 10:44| 東京 ☔| 日本の将来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月23日

政治の視点 猪僧老の憂鬱

自民党の掲げる「強い国日本」とは、デフレからの脱却、憲法九条の改訂、軍隊の

創設など挙げているので、この言葉の直感は、「覇権力」のある国がその政策の

主軸にあると考えられる。



さて、国内では、国の中堅を担う30代〜50代の家庭の多くは、共働き所帯と

言われ、家庭を支えるその絆は経済となっています。



では、20代ではどうでしょうか。



20代では、賃金が安く、家庭を持つ経済的余裕がないことや、やりたい目標も

見当たらない人が多い層であると考えられます。



これらから、日本を支える現役の世代層が、この様な現状にあります。



加えてその雇用形態が、非正規社員と言われる働き手が、60%を占める、

企業年金を除外される層でもあります。



では、「シルバー民主主義」と名付けられる高齢者層の生活状況は如何でしょうか。



この層の年金の平均受給額は、扶養や単身、勤務年数などでその受給額に差があり

ますが、概ね21万程度であり、人事院の標準所帯の生活額試算の、17.5万を、

地方と都心の物価差や、住居費などを考慮しますと、この数値から、年間250万円

以下の低額者層の苦しい実態が浮き彫りとなります。

 


これらを総合的に俯瞰しますと、日本経済の破綻の姿があり、一部の企業が、

生き残りを賭けて奮闘する姿が見えてきます。



即ち、国の政策は、強い日本国を作るとしているわけですが、国民の生活は、

家庭が基盤であると、先ず確認すべきです。



ここでの問いは、稼ぐことが主目的の「家庭」は、幸せな生活を送っているでしょうか。



また漸く、衣食が可能な単身者の家庭は幸せでしょうか。 



今までの経済は、その経営戦略を、消費拡大に賭けて誘導した政策の背景から、一部の金余りの企業や富裕層が、マネーゲームで含め、更に稼ぎに傾注する企業となり、利益獲得中心の経営を創り上げてきました。



株主も又、投資資金の回収が主で、企業の社会への貢献と還元努力を監視せず、利益増大を監視し、利己の利益を追求してきました。

 


これでは、企業の社会的責任の低下は必然であり、目先の利益獲得戦術に追われ、企業理念や企業の存在意義などは置き去りの経営に邁進してきたのです。



故に社員は、ただ企業の利益構造と効率を求められ、戦略的設備投資の従属機能となり、設備では出来ない分野で、効率追求の補佐補充的、部品的役割を分担する機能となり、その経営者は、社員の家庭を守る配慮と社員の体力(能力)を削り続けているのです。



これは他方で、法人の死活をかけた経営活動でもあります。



しかし、この様な労働生産のメカニズムで、何が強くなるでしょうか。



その先は、企業基盤もスリムとなり、個人もやせ衰えて、家庭も社会も活力を失って利己的な考え方に変貌して行くでしょう。


この現実の作成者は国策であり、戦後の成長期の成功神話に溺れ、この市場主義メカニズムの路線に固執して、成熟期を超えても尚、その右上がり路線の方向に指導してきたのです。

 


従来の企業は、企業が年金の納付額の半額を負担し、年功序列での生活給与体系と終身雇用制度を保障する家族的雇用形態が確立していましたが、企業間競合の弱肉強食の激化に伴い、その制度も体制も崩れて、個人に全ての生活リスクの比重が移行し来ましたが、その流れをの利を容認し、欧米のノウハウに傾聴して、個人を主体とした、経済的能力主義を支援促進したのが、国の政策で

あり、政策でした。

 


要は、社員である個人価値より、法人の価値を大切にして、経済大国と成った経緯にメスを入れずに、その陰の「家族の価値」と「個人の尊重」が軽視され低下し続けて来たわけです。



その為に、家庭の絆も変化し、社会風土も思考も変化し、幸せの心も、平和の心も変化し、遠のいてしまいました。



そして職の受け皿と税収を期待して、企業の法人税を減額するなど、法人優先の優遇政策を続ける過程て、一部企業は膨大な資産と資金を蓄積してゆきますが、結果は、現代の世界先進国は、概ね、金余り物余りで市場の需要が飽和状態となり、漸く市場からのブレーキシグナルで、国や法人の市場主義経済の危機感が生じたのです。



この間、個人や家庭、国民の生活を守る諸政策や、社会産業構造、社会規律の法律や規定の改革、修正、施行が後回しとなり、今や、各分野でその抜本改革や見直し、修復など、多種多様の作業が求められ、追い詰められた事態にあると推量します。



これら国策失敗の流れを、我々は致し方ないで済まされるでしょうか。 



働き手の殆どが、雇用不安と所得減少の状態で、消費に回すお金も不足する家庭の、消費拡大の政策は明確なミスマッチです。



非正規社員の年金保険料徴収は、これも明確なミスマッチです。



消費税の値上げも、この様な経済弱者層の首を更に締める結果となることは自明の理であり、消費拡大に繋がらないミスマッチ政策です。



絶滅した多様多種の企業内新入社員研修や高度の技術訓練は、社内の教育者不足と、その準備を含む訓練環境作りが難しく、企業に補助金を支給しても、高度な技術者の育成やその継続と、フォロー管理は困難な課題であり、ミスマッチの方策です。
 

産業の縦の下請け構造は、経済格差を助成する構造でもあり、産業を弱める構造でもあるので、優秀な中小企業の育成と優遇をする政策に変えて、現在の大企業と、同格の横のパートナとして、WIN−WINの産業構造に転換する必要がある。規模の論理に、優秀な技術の集合体が機能する規模の創設を、資金のみでなくし育成支援の制度が必要で、大会社優遇制度は今や弊害であり、
新技術の創造や起業の意欲や拡大に繋がらない政策のミスマッチです。


大艦主義は、転回速度が遅く、効率も悪い、重厚長大から軽薄短小に時代が流れたように、今は、企業から個人に産業の構造が移る過程にあり、新しい小さい高性能の多機能ロボットのように機能する、個的産業のネットワーク起業による体制作りが求められ、この様な産業育成の国の支援政策が急務となっているのです。



なのに未だに、従来型の延長の政策を進める先見の無い政治に、先の見えない若年層が、そして生活にもがく中堅層や、増税に怯える高齢層が。国の失政に失望するのは当然のことなのです。


現在、過っての世界の経済大国が次の転換戦略を模索する時に、日本の世界の位置づけは、「強い日本」では無く、「尊敬される日本」とし、国民が「誇り」を持てる、新しい技術立国の創造に向けた政治の展開を願っています。



「尊敬される日本」とは、「第一に、国民の家庭生活の基盤を大事にする。第二に、国内外の国民生活の質的向上に貢献する。第三に、共存国として信頼される国とする。」に努力する姿を、日本国の「アイデンティティー」として、「日本の国威と誇り」を持てる国にすることです。



posted by 猪僧老 at 08:21| 日本の将来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月03日

アベノミックス原発依存症の阿部首相にモノ申す

老い先短い歳になりますと、日本の安全と平和を願い、後世に現在より質の高い文化社会の継承を望んでいますが、期待した新政権の質が、従来型の政治手法の踏襲となっている。

従来の政治家の多くが選挙で当選したためであり、言葉では、「新しい政治」を掲げ、その発信をPRしているが、当然と言えるのだが斬新さは見当たらない。

憲法改正を掲げた阿部首相は、現在海外で国益と称する外交を展開しているが、その中で、原発技術の輸出がある。

世界に報道された東日本大震災の原発事故を、逆手利用の形で、むしろ積極的に日本の原発技術の海外売り込みを図る姿がTV報道されています。

これらの原発の数は、明確ではないが、数十基にもなるのではないかと言われています。

国内世論の原発継続反対が優勢の中で、海外での日本の総理大臣の原発売り込みは、国の内外に原発容認の意思を、明確に証したものであり、誠に遺憾であり残念でなりません。


国内での原発の安全性や関連処理政策も棚上げのまま、他国の生活や自然環境を害することが極めて懸念される原発を、経済優先から他国に日本の有害物を売り付ける日本のリーダーの姿は、国民には如何映っているのでしょうか。

私には、安全性も又そのあと数百年ものその処理に課題がある原発を、しかも北欧で原発廃止を決める国が出てきている中で、大被害を受けた国民の苦悩も消えない中の国のリーダーの行動は、日本国民の恥じであり、滑稽であり、倫理的に異常であり、歓迎できるものではないと言えます。

国会では憲法矛盾を掲げて、軍国への火種慣らしや、原発継続のなし崩しへの心底が、新内閣後の一連の行動に明確に現れています。

これらの論理は、軍も原発も、英知や理念を外れた、目先現実優先の、単に力の政策であるからです。

これは、北朝鮮の姿を、日本流に正当化したものでしかありません。

わたしは日本国民は、これらの支持に流れるのではないかと不安です。

人類の永遠の夢、真の平和と幸せは、簡単に実現できる筈もないものですが、その理想の実現に、執拗で、ぶれない強い歩みと、その積み上げる言動を世界に示し訴え続けるのが、真に世界平和を願う日本のリーだーの資質であり、姿であると考えます。

しかし、戦後の高度経済発展を果たした流れを脱皮できず、又、党の中には原爆を持つべきと主張する輩がいるなど、常道を外れた経済優先の現政権の自民党に、その崇高な理念が見られないのが無念でなりません。

日本の真の国益とは、平和国日本の個性を確立し、そのブランドを基本として、経済活動は、諸国に対するグローバル化への優れた戦略と技術を世界各国へ提供すること、又はこれらに協働して達成することにあると考えます。

私たち国民も、過度な経済主や物的飽和の世界から目覚めて、人間優先の平和と幸せの世界造りを支持し、その理想の姿を達成すべく努力する時代にすべきと願います。

posted by 猪僧老 at 15:25| 日本の将来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月17日

目先に群がる群衆に日本の将来はない


領土侵犯、原発、経済、教育、福祉、など各種の国難課題を背景にした今回の選挙は、私が以前に危惧したの通りの自民党の圧勝となった。

特に憲法改正で、旧自民党では成し得なかった待望の憲法改正を実現する環境ができたわけだ。

この国民の右翼への選択責任は非常に重い。

国民は平和国の維持を、一番単純で易しい武力への力の政策を選択した。

他国の領土侵犯問題で国を二分するこの時、この侵犯を背景とする、自民党の平和憲法改正の是非を問うこの選挙で、もし、国民が拒否する姿勢を世界に示すことができたなら、本当の意味で、被爆国の日本の平和への強固な意志を、世界に示す絶好の機会となった。


それが平和憲法を真に支え護ろうとする日本国民の誇りある姿(力)となったはずだ。


ただ戦争反対の口先だけの、国民の本性を露わにしたこの選挙結果は、形は変わっても、物質文明の力に偏重した、精神文明が遅れた日本に、その将来を取り戻すための絶好の機会を、国民が自ら切り去った選択であり、「自主防衛の美語」につられた群衆の姿は、余りにも薄っぺらな、平和主義精神構造と言うしかない。

力の誇示は、力の連鎖を生む軍事力強化しかない。
北朝鮮のような国の思想論しか、今の自民党や右力思想の維新の党などに、それしか知恵がないのか。

私は何度となく、世界の列強の中で生きる戦力を持たない小国が幾つもあることし、中立国への道もあることを紹介してきましたが、国会でこれらの論議を聞いたことがない。

平和憲法を単なる紙ペラのとか考えない連中には、このような論議も紙っペラとしか見えないのだ。

高齢の身の私が、世界で唯一の日本の誇り、である平和理念を、後世に守り切れなかったことに悲痛な念を抱きながら、この世を去る無念さを、群衆心理的選択の国民に訴えたい。

posted by 猪僧老 at 11:40| 日本の将来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月05日

日本の将来を決める選挙の政党の在り方

いよいよ選挙の月となりましたが、
これらを見ますと乱立する党数の色合いが大分詰まってきていますが、いまだ個々的に散乱している状況ですね。

高齢者の殆んどは、国内で解決できる福祉問題でしょうし、中堅層は、雇用と賃金の問題でしょう。

ここで各党の掲げる政策を整理してみますと、
国内で解決できる問題として、将来に負の財産の原発問題、福祉と税の一体改革での消費税問題、ここに隠れているが、平和憲法改定問題となり、経済は、グローバル化で一国での解決は不可能であり、外国とも絡むFTA・EPA・TPP問題があり、これらの4点に整理できます。

これらの点で、各党の日本の将来を展望して見ますと、各党が各論で異なり、
私には今一つ、党としての、理想の国造りの明確なビジョンと、その戦略が一致する政策が見えてきません。

今回の選挙は、各政策討論も煮詰まらないままに、立候補者個人の見解での、党利と利己的選挙で、政党が乱立していると映ります。

しかし選挙で、国政が運営される現実で、国民による理想の国造りは、難航せざるを得ない選挙になってしまいました。

多様化する国民の善良で良質な意見を、民主主義の原点に戻り、高次で適切に調整し、端的に整理統合し、
必要な説明と説得のもとに、国民のための国政とする手段から、適時に政策を実行する、国民支援の国造り選挙にしたいものです。

私はこの中で、
新党大地の北海道地域党を掲げる鈴木宗男の立候補の在り方が新鮮に映ります。

如何でしょうか?

posted by 猪僧老 at 11:56| 日本の将来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月13日

高齢者は、東の風に乗れるか、政局の憂鬱

近年の捻じれ国会以来の政局を見ていると、政治家に対する信頼失墜の危機感を感じる。

高齢化、少子化、年金、福祉、社会格差、教育など、課題の多い日本に、大震災と言う難題解決が重なり、そして、原発課題が絡んでおり、加えて、対外的には、世界的経済の衰退、TPP問題、そして領土問題など、これら大国難に、極度の体力と知力を要する時に、国会での政策論議が進まず、国家課題の解決が、更に低次元の政局攻防問題が重なって山済みが進み、私には、政党政治に対し、国の先行きが見えず、失望感が拡大している。

こんな状態で、選挙をせよと言われても、又、新しい政策が掲げられたとしても、表面的でその中身は薄弱あり、それらを唱える雑多の政治家の、国民は何を、そして、誰を信頼しろと言うのであろうか。

この様な国会議員を選出した国民の責任は大きいが、政治政策の在り方を、どの様に改善すれば、質が高く効率のよい国会運営ができるのか、そして、国民に分かり易く、信頼のモテる選挙となるのかを考えてもらいたいものだ。

私の様な後期高齢者となれば、人生や社会経験が豊富な層でもあるが、反面、考えることすら面倒となる年代層でもあり、選挙の投票などに関心が無くなりかねない層でもある。

ましてや、将来を担う、頭でっかちで割り切り易い若い人たちに、どの様な国の将来を作らせて行くのか、それに、高齢層はどの様に関わり、社会に貢献できるのか、悩まされるこの頃です。
posted by 猪僧老 at 11:12| 日本の将来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月26日

李明博・韓国大統領に叩き起こされた寝坊国日本

今年も最高の日射病被害が出たと言われて、毎年の事なので、人ごとと考える人もおり、真面目に考えても、身体の感受性が悪く、隠れ脱水症に気付かずに命を落とす人もいます。

これも世の常人の常なのか?

そんな時、事もあろうに、親日派と言われていた韓国大統領の李明博が、この暑さで
狂ったとしか言いようのない、愚行な暴挙に出た。

この行為は、国家の元首たる名誉ある者の、国際的にその品格を消滅する最低の
行為と言わざるを得ない。

この愚かな行為は、日本国民にも国際的にも話題となっているが、しかし、

この憂国の愚行で、日本国は、国際友好関係や同盟関係の絆の薄さを、思い知ら

されたと言えます。



これも又、世界交友の常でありましょう。

領土問題は、何れの国でも重大関心事ですが、何故今頃になって

日本領土の竹島が、他国の領土だと主張されるのか?



日本国民に取って、由々しき問題である。 



まして、日本領土を 
 韓国大統領の地位にあるものが、勝手に他国を侵犯した

事は、その時の国情によっては、宣戦布告に値する非常に危険な行為になります。



この事態に対して、野田首相は、国民に冷静な対応を要求していますが、

こんな有事の事態で、国民への冷静な対応とは、何を意味するのでしょうか?



冷静にとは、この竹島への侵犯行為が国際法に照らして、又は、両国の

友好関係にとってどの様に考えて行動せよと言うのでしょうか?



恐らく、そんな内容の分析や自衛の在り方よりも、国内の暴力的や過激的な激情を

抑えて、それらの行動をしてはならない、国民に動くなとの要請でありましょう。


個々に、両国の首相行動姿勢が、明確に現れていると考えます。





韓国は他国侵犯を容認。日本は、侵犯を許認?。と、国が取る態度が、

全く異なる。


この緊急事態での状況判断を、日本国民は、何を基準に自衛するべきなのか?


東北大震災で、津波警報が発せられた時、如何冷静に判断することが正しい

のでしょうか?


有事の冷静な判断とは、何を?選択すべきでしょうか? 

 

それを常識的に考えればと言う方があれば、聞かせてほしい。


今回、民間人同士の衝突が現場で生じなかったから幸いしましたが、其処で死傷問題が

発生した場合の、国の措置はどの様なものになったのか? 学習がしたい。




最近日本の韓流文化の人気に嵌ってか、韓国の行動を支持する国民もおりますし、

国民でありながら、国旗すら否定する教師、彼らにとっては、国民の自覚や義務のない、

的で理想の自由主義国家が日本であるのです。



戦後の教育は、日本の
国を愛する国民の人たる自覚と、平和ボケで自衛する義務も忘れ、

個人的自由主義で、煩わしい事は他人任せの社会を良い国として醸成している。



平和ボケ日本が続いて、領土の価値観よりもお金しか頭にない政治経済戦略の付けが

今回ってきたのであり、今回のような国土侵犯に対する法律も出来ていない国に、

国土に無関心な国民が居ても無理からぬことなのかとも考え、悲しくなる。



同盟国で友好国としてきた韓国にも、国際的に馬鹿にされる日本は、漸く
平和ボケから

目を覚まさせられたのではないか?




平和憲法を維持する日本に必要な事は、国民の日常での自衛への理念と、有事に備える

精神的覚悟と不断の国際平和構想確立への努力外交が欠かせない国なのである。




お金で、人の心を買う事が出来ない事実を、深く反省すべきである。



日本の政治も、既に、事の大事が感じられない

高齢の神経となっているのかもしれない。

今回の事件は、経済外交と平和外交のミスマッチの恐怖を感じずには居られない。



そして、日本国首相の品格は、世界平和を背負う品格の構築をし、拡大して

行かなくてはならない。と考えるのです。








  

posted by 猪僧老 at 16:38| 日本の将来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月12日

日本のニートに起こっているネット起業の流れと政策リスク

歳を重ねると先と周りの事が心配になってくるのは、私だけではないでしょう。 女房に、貧乏暮らしや生前にしておくべき諸々の身の回りの整理などで、 自分の頭の蠅も追えないのに、と良く小言を言われています。 さてニュースでは、世界の経済危機が毎日のように報道される中で、日本も例外なく、 福祉、医療、介護、年金など少子と高齢化の財政難やデフレ脱出など、経済的大危機を 迎えています。 大震災の後、国は雇用創出の施策を懸命に立ち上げていますが、雇用対称の若者層に、 大きな変化が起こっていると言えます。 それは、ネットビジネスへの移行です。 この層には、主に収入の減少、年金への不信があり、先行きの見えない日本にニートの 社会での孤立的傾向が強くなっている事です 。 それが故に、インターネット情報を利用したネット起業への、ライフスタイルが台頭して いるのです。 ネットビジネスの台頭は、今や大企業の営業活動にも影響して、TVの商品のコマーシャルに 迫る脅威となっており、何れこれを超し、今後の日本経済に無視できない存在になると思われます。 若者が社会から孤立環境でのこの時代に、政府の雇用創出は急を要しますが、これとは 一線を引く、属にニート「就業、就学、職業訓練、労働のいずれもしていない人」と言われる 若者層が、他に縛られたくない自立を目指して、ネットビジネスへと向かっています。 故に政府が、この二―と対策を間違いますと、日本の経済、物流、そして税収に大きく影響する リスクを抱えることとなり、その政策とのミスマッチで、日本の将来発展への方向性を見失う 危険があるのです。 今真に、このニートビジネスの背景を注視し、個人起業分野の環境整備など、ネットビジネスの 健全な育成と誘導施策が望まれます。
posted by 猪僧老 at 14:17| 日本の将来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月04日

かき分けサイコロ型日本の国会

2012年国会と政治のニュースは、民主党の小沢問題、原発の再開、大震災からの復興、軍事基地問題、デフレ脱却、少子化対策、託児所幼稚園問題、倫理宗教教育、円高問題、議員数の低減、等々の多種多様の問題が提示報道され、国会の審議は、 サイコロの様に転がり、其の一つの解決に、先の見えない深い藪をかき分ける様な状態が続いている。
圧倒的支持を受けた与党としての民主党の足並みは乱れ、期待も地に落ち、再起を狙う自民党が、その弱点を利用して攻勢に転ずる 従来型の国家運営が続き、国会の信頼と権威は低下し、これが当たり前と容認される政治レベルになったのかと考えさせられる。
国会の質の低下は、行政の質も更に下げているのである。 其の付けが社会的弱者に降り注いでいる事を感じてほしい。
未来の見えない国政は、国民の力が出る筈が無い。
時代は異なっても、日蓮大聖人が日本の政治を律した[立正安国論」的理念は、この国に無くなってしまったと言うしかない。
それぞれの政治課題を俯瞰した場合、サイコロのサイの目が転がるだけで、其処に流れる日本国の未来像が見えてこない。
何時までも、掻き分けサイコロ型ではなく、地についた政治論で、国民が国政を選択できる論点を明確にし、国民の関心を集められる 求心力の在る国会で有って欲しい。
posted by 猪僧老 at 15:52| 日本の将来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月20日

日本は何処え行く


国民が待ち望んだ、自民と民主の二大政党政治が、又も、ドロドロの崩壊寸前にある。

国民が選んだ政治家ど政党が、品格の格もそして何故に、この様に内容の乏しい、そして脆い政治なのか。
国民から見た国会は、その信頼を更に失うものとなっている。

その原因には色々の面があると思うが、戦後、日本の歴史を持たない、単に思想として与えられた自由主義が此処まで政治と国民を堕落させたと考えられる。

欧米は、自分の生活や領土を守る歴史の中で生死を賭けて戦い、自由を獲得しているので、その重さや義務を継承しているが、日本にはそれが無い。

単に自由主義は、義務を持たない権利を主張する利己主義議が育って、政治に対する意識が薄く、故に、義務も存在しないのではないだろうか。

自由主義においては、個人の利益が優先される訳で、国家の利益とは無縁の距離感を持つ。
が、国となると、他の国との外交において、その主権(人格)が尊重されなければ、信頼関係は難しく、外交も貿易も、縮小されることになる。

今の日本は、自由主義と民主主義が義務の不鮮明のまま台頭して、その上戦争のトラウマが、その主権と権力を嫌い、ナショナリズム(国家主義)を極端に敬遠する社会となっている。

しかし、国際上の国と国との国益のための交渉は、ナショナリズムでなければ行う事が出来ない訳で、この為、今の政府は、国会内を含めて、利己的活動が主となっていると見える。

世界では今、米英の経済覇権戦略から、新興国のBLICSが、新自由主義を掲げて、世界経済秩序を正そうとしている。
先進国の仲間の日本は、従前の国家戦略?で、この流れを傍観しているようだ。

国家主権も危ない日本政府は、何処え向かうのか。

真の自由主義と国家主義の論議を深め、国に対する認識の再確認をする「個人と国民」となるべき時である。

        
               BRICsケーブルは何をもたらすか?

posted by 猪僧老 at 15:36| 日本の将来 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする