2014年09月14日

大和魂の現代

長寿国の日本は、男性の平均寿命が、ついに80歳をまたごうとしています。


私もかなり年をとったと感じていましたが、何と平均年齢になっただけ。

何となく気抜けの感と、まだ数年は生きるであろうと思いながら、時をせわしく、

生活を続けています。


こんな生活も、健康でいられればこそで、重い病で伏していたらまた違う

感覚になっているかもしれません。


さて、天声人語を読んで目にとまったことに、「大和魂」の解説がありました。


私の「大和魂」は、戦後まで「国を忠愛し行動する勇ましい心」として理解して

いましたが、戦後は戦争のためか、余り感動しないむしろ敬遠する言葉となっています。


天声人語では、この言葉は、源氏物語の光源氏が、息子の教育にあてて、

「儒教を基板に、日本の実情に合わせて応用する才覚の事」と記されている

そうですが、評論家の小林秀雄氏は、漢文の堅い知識が男性のものであった

平安時代に、女性の心として、機微に優しく正直に生きる、柔軟な心を「大和魂」

と言っています。


学問はして見るものですね。


しかし、今の若い人がこの言葉を聞きた時、どの様に感じか興味深いものがあります。



posted by 猪僧老 at 08:48| 東京 ☀| 人間教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月18日

「日の丸」「君が代不起立問題」に思う

「日の丸」「君が代不起立問題」で揺れる大阪市教師の話題が続いていますが、その教師の目には、「日の丸」「君が代」が、どの様に映っているのでしょうか、又は、考えているのでしょうか。

反対闘争の核となっている彼女はふだんから学校でシャツに『OBJECTION HINOMARU KIMIGAYO』を掲げて10年以上も抗議を続けているようですが、この「英語」を使うのは何故でしょうか。欧米と戦って敗戦した日本で、其の当時の敵国の言葉や文字を使用するのも頷けません。

反戦、反米、反天皇制、どれをとっても、教師として自覚と品格、そして事の見る目の公正感覚を理解しかねることです。

日本の歴史にも、その他に幾つもの戦いの歴史がありますし、今、日の丸を背負って世界に挑戦するスポーツ選手や実業家などに、どの様な敬意を払うのでしょうか。
又、子供のこの種の歴史観やスポーツやビジネスへの夢や教育をどの様にリードしているのでしょうか。

日本に住み、日本国民である自然な帰属意識(アイデンティテー)を持つ事ができない、自分の国もその意識も無い教師と言わざるを得ません。

只残念なことに、この種の人々が多数教師であることです。

それらの教師の国に対する理念、そして教育に対する理念をお聞きしたいものです。
そして、教師自身が、どの様な品格を持つものであるかを問いたいと思います。

聖職としての教師の品格を問われず、日本の社会で教師の職を許されてよいのでしょうか。
posted by 猪僧老 at 12:29| 人間教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月28日

戦後教育のタブーと日本再興教育

敗戦後の教育は、民族主義から米国の個人主義思想を背景にした教育に変換された。

軍国主義の排除が大前提の教育政策で、戦前教育の魂や倫理の人間教育を避けた、
学校教育と職を対象とした問題解決のマニアル型手法の職場教育で、合理と効率向上の
教育形態が主流となった。

従って、戦前の倫理観や天皇の歴史的尊厳観、そして、日の丸の掲揚までも否定された
教育となり、戦前の武士の思想と軍国主義への日本魂洗脳教育が、これらの教育は、
戦後の核家族化とも相俟って、家庭内から離れ、日本の高度成長化促進の方向に変化して、
学校の教科と職場のマニアル教育に分化して組み込まれ、教育職業化に移行することとなった。

故に、従来の親の知識や教養は化石化されて、子供の家庭での養育は軽視され、保護教育に
姿を変えるなどで、学校や社会との連携を失い、現在の教育曼荼羅社会が顕在化する。

サラリーマン化社会で家から職場が離れ、親の背中を見て育つ時代は終結し、親の養育意識も
薄くなり、教育は学校と職場任せの時代が到来して、教育の柱と言える、戦前の伝統的宗教や
親を敬うなどの倫理的精神教育の場が、ぽっかりと抜けた時代となったのです。

以前は、家庭の柱が父親であり、その経験や人格が尊重されて家庭の秩序も保たれたのですが、
今や 自由を御旗に、ご都合主義的個人主義思想と、加えて、効率合理主義の物的金権思想に
洗脳された社会が到来する時代となり、人の絆の薄い砂漠社会が顕在することとなりました。

何故今の日本は、宗教や心等の倫理教育を避け、そして又極めて重要な、家庭での幼児養育が
軽視されるのであろうか。

教育界も政治世界も、倫理や宗教論をタブーした金権社会悪を容認する価値観を改め、
物心バランスを旨とする、人格者、見識者の指導者が尊重される価値観を醸成して、
人間社会復活の新社会教育政策を導入し、新しい価値のにほお復興教育を興すべきで時では
ないでしょうか。


posted by 猪僧老 at 19:38| 人間教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする