2013年07月22日

自・公の大勝選挙の憂鬱

参院選の投票結果は、投票率の低さから政治圧力団体の基盤を持つ、自・公の圧勝は選挙前からの予想通りとなった。

後期高齢の私は、第一次第二次世界大戦の先進国による世界的包囲網を受けた日本の、
過去と本質的倫理的政治環境が異なる、現代の日本の非倫理的政治の歴史の分岐点が、
見えたような気がします。

正に、自・公の為政者の品格の低さと、それに群がる利権者国民の品格が明らかになった
選挙です。

隣国から領土問題で揺さぶられ狼狽し、当惑する平和ボケの国と国民が選んだのは、
強い日本の、軍の顕在を期す、腕力の国家の扉を開くことが明確になったことです。

この陰に「国の倫理」が潰され、「力の倫理」の正統性が勝利したのです。

右上がりの経済政策を、有一の正論とする内外の政治グループの失敗は、その間積上げて
修正不可の政治の負債となった今、インフレで消滅させる政策で、国民にしわ寄せをするしか
ない経済状態の苦肉の策なのでしょう。

他面で見れば、日米は、経済指向の相互依存の政治的偏りで、切り離せない金融状態を
創り上げてしまったのです。

米国の国際警察の誇りが、戦争経済に変わり、右上がりの膨大な利益で、大消費国家として
栄華してきましたが、戦争も少なくなり、戦争の正統性も薄れた現在、経済は大破綻状態に
陥り、日本の繁栄がその穴埋めをこの間に成ってきました。

この経済の共存構造は、米国の咳で日本は肺炎となる関係です。

しかし、右上がり経済は、消費の経済でもあり、地上の資源の有限から逃れることはできせん。
当然に、破たんするメカニズムです。

生産と消費と価格のバランスの世界経済の樹立が求められます。
しかし、国益や利権の構造は世界を強力に包んでおり、人類の叡智しかこの解決は出来ない
でしょう。

私は国策を、憲法や国防費に、この問題の視点を転嫁するのではなく、世界に尊敬される国造りを、
困難な政治と経済の情勢ですが、国民の忍耐と叡智を絞り、一段づつ創り上げてゆくことで、
子孫にも、世界にも誇れる日本にすべき好機と考える一人ですが、憂鬱が募ります。


posted by 猪僧老 at 17:00| 選挙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月15日

選挙と政治、日本は何処え行くのか?

歳をとると色々の事が不安になる。
明日死ぬわけでもないのに、寿命の長さを計算したり、その間のあり方を模索し選択もする。
家庭の絆も加齢とともに薄れて来るような気がする。 この頃は、自分の葬式代も心配になる。
さてと、近年の国の在り方も社会的弱者との距離(社会勾配=高齢者において,極度の貧困と健康不良とのあいだに 関連性があることは長いあいだ認識されている)が拡大しているので、社会的リスクも拡大している。
等々、の中に、近年の政治を観る時に、戦後の国民の価値感とその生き方の多様化による、国に対する期待の多様化が拡大し、 その人々の利益を代表する議員による政治がおこなわれる訳だが、理屈として、多様化した価値の全てを公平に実現する議員が ある筈も無く、国会の中でもその力が流動して、国民の名のもとに、事が決まらない様相が続いている。
本来、選挙区から選出される議員は、その地区の住民欲する価値とその意思を代表するものである筈であるが、戦況の時だけ 日本と社会の利益を掲げて、その知名度だけで、住民からその能力の中味の不評価のまま当選するわけで、住民の期待する 政策能力に欠けたものが多いと言える。
何故なら、その地方議会でも、住民の期待と反する決議が、多数派の政党による多数決で決議され執行され、税金が消費されている。
この原因は、集会などを計画的に持ち、地元の課題を選択し、地道な住民との摺り合わせや合意を積み上げる仕組みや努力が、 極めて不足している事にある。
こんな事で、住民を代表しているとは到底言えるものではないが、さて、考えて見ると、その一票を投票するのは、行政を何時も 批評するその個人であるので、その結果責任は免れない。
従って、住民の利益や考えが纏まらないまま、そして、選ばれた議員も住民の課題を自分なりで判断し、国会では、それら多様な 自己流の価値観を持った議員の集まりが多数決で政策を行う訳で、国民との政策や論点の格差の拡大は至極当然であると言える。
即ち、他力本願で良い政治を期待する方が無理な話なのである。 残念なことに、これらの事態を解決する良策が見いだせない事である。
posted by 猪僧老 at 11:45| 選挙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする