2015年03月28日

お彼岸の法要はお題目

お彼岸の墓参りで行うご先祖の法要は、ご自身による簡易なお題目が正行です。


今年も彼岸となり、22日の晴れの日を選んで、世俗通りお墓に行ってきました。

多くの善男男女がご自分の丘を掃除して、供養を上げ墓参りをしていました。


墓石は見渡す限り日本の簡略五輪塔型の和型墓石の仏教様式ですから、仏教徒と言え

そうですが、大半は、彼岸時特有の慣習的行動のようです。


昔は、お墓の菩提寺のお坊さんに、ご先祖の法要として、回向の読経をしてもらう

のが普通でしたので、お坊さんの姿がちらほら見えたのですが、昨今は全くその姿を見た

ことがありません。


それは、これほどの墓があり、信心深い人がいながら、特定の宗教や信仰を持って

いないのが日本人と感じました。


即ち、御自分は、ご先祖を敬う姿勢を見せてはいますが、仏教で言いますと、

ご先祖の回向になっていない無意味な「お墓参り」をしているのです。


さて、私はどうしたかと言いますと、暮れから放っておいたお墓の掃除をしに行った

のですが、雑草は大した伸びてもいないのに、予想に反して2時間を消費し、歳でも

あり大変疲れました。


漸く終わって、本化仏教の正しい修行の「お題目を合掌口唱」し、先祖霊の回向を

して帰ってきました。


多くの人が、ご自分で簡素に、世に最尊の「本化仏教」の回向より、確かで満足のある、

ご先祖の法要を行う世になって欲しいものです。




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posted by 猪僧老 at 09:49| 東京 ☀| お彼岸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月26日

これをご利益(りやく)という

お彼岸が来たと云うのに、このところ雨が続きお墓参りができなく、遂にお彼岸が終わる、
彼岸明けの日の東京の天気予報は、曇り時々雨とあり、朝から可なりの雨量の雨が続いていた。

幸いこの雨も昼前に一時雨が上がったので、意を決して家を飛び出し、飯能にある墓地に出かけた。

飯能で墓地からの送迎バスを待ってお墓へ向かいましたが、乗り合わせたのは、老女と老人の私の2たりきりでした。

お墓に行っても、何時もの賑いは無く、ほんの数人の人影だけでした。

他の多くの人は、雨の中お墓参りは終えたのでしょうか? 又、本来お彼岸とは、自分が修業を積み、
仏となって、彼の岸に亘ることを云うのですが、日本人のお彼岸とは、どんな心でお墓参りをしている
のだろうかなど、ふと考えていました。・・・・・

春のお彼岸に一度お墓の掃除に来てはいましたが、秋にはどの程度雑草が生えているのかと
心配していましたが、左程ではなく、雨を気にしながら、ほぼ1時間で済まし、ご先祖の供養を済ませ回向してきました。

午後雷は少し遠くでなってはいましたが、午後には雨が無く、無事お墓掃除の供養ができたことに、
本当に有り難く、ご法のご利益を感じることができた日となりました。

仏教の慈悲、ご先祖の供養を通して、有難い心、ご利益を戴くことが、お彼岸の意と言えます。
posted by 猪僧老 at 20:27| お彼岸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする